介護事業者が負う債務不履行責任における「安全配慮義務」と使用者責任における「監督義務」の関係

 介護事業者に対して損害賠償を請求する場合の根拠として、債務不履行責任に基づく場合と不法行為責任(特に使用者責任)に基づく場合があるということは、皆様のご認識のとおりです。
もっとも、債務不履行責任と使用者責任は別の条文を根拠としますが、事業者に責任が生じるか否かを検討する際の事情については重なる場合がほとんどです。
そこで、本サイトで展開する判例検討シリーズの効果を高めるために、今回は、債務不履行責任と使用者責任についての理解を深めていきましょう。

1 安全配慮義務(民法415条)とは!?

1-1 安全配慮義務 =「債務」

 まずは債務不履行責任の条文を見てみましょう。

(債務不履行による損害賠償)
第415条  債務者がその「債務」の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

このように、条文上に安全配慮義務という文言はありません。この義務は判例によって認められた義務の1つであり、債務不履行責任の「債務」の内容の1つです。

1-2 安全配慮義務の内容

1-2-1 安全配慮義務違反とは!?

 これまでの判例検討シリーズで検討してきたように、債務不履行責任における安全配慮義務違反とは、事業者が危険が発生することにつき予見し(又は予見でき)、事業者にその危険を防止する義務が発生していたにもかかわらず、事業者が右危険を防止する措置をとらなかったことでした(本サイトの記事参照)。

1-2-2 安全配慮義務違反の有無を判断する際に検討される「事前の措置」・「事後の措置」

裁判官が、事業者に安全配慮義務違反があるか否かを判断をする際には、①介護事業者においてマニュアルを作成し、職員の研修を実施する等、職員が利用者の状態に応じた適切な介助を実施することができるような環境づくりをしていたか否かといった「事前の措置」、②不幸にも利用者に事故が生じてしまった場合に即時に適切な処置をとり、救急車両を手配したか等の「事後の措置」、各々の有無及び適否について考慮します。もちろん、裁判官は、他の個別具体的な事情も考慮して最終的な判断を下すわけですが、この「事前の措置」及び「事後の措置」の有無及び適否を判断するための具体的な事情が、事業者の安全配慮義務違反の有無を判断する際の重要な考慮要素になっていることは明らかです。

2 選任・監督義務(民法715条1項ただし書き)とは!?

2-1 民法715条1項

 まずは、使用者責任の条文を見てみましょう。

(使用者等の責任)
第715条  ある「事業のために」他人を「使用する」者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の「選任」及びその事業の「監督」について「相当の注意」をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。…

2-2 選任・監督義務の内容

2-2-1 選任・監督義務違反とは!?

 不法行為責任のうち、民法715条1項が定める使用者責任を簡単に説明すると、介護「事業のために」介護職員を「使用する」事業者は、介護職員が第三者(例えば、利用者)に損害を加えた場合に損害賠償責任を負うが(民法715条1項本文)、事業者が介護職員の「選任」及び「監督」に「相当の注意」(以下、「選任・監督義務」といいます。)をすれば、免責される(民法715条1項ただし書き)というものです。要するに、介護事業者は、介護職員の「選任・監督」につき、その危険の程度に応じた相当の注意をすることで免責されます(本サイトの記事もご参照ください)。

2-2-2 選任・監督義務違反の有無を判断する際に検討される「事前の措置」・「事後の措置」

 裁判官が、事業者の選任・監督義務違反のうち、「監督」について「相当の注意」をしていたか否か(監督義務違反があるか否か)を判断をする際には、②職員による「事後の措置」(事故が生じた場合の処置や、救急車両の手配等)が不十分であったことを判断した後に、①事業者が「事前の措置」(マニュアルの作成や研修の実施等)をしっかりとっていたかという点を考慮します。このように、②「事後の措置」の有無及び適否を判断するための具体的な事情が、事業者の監督義務違反の有無を判断する際の重要な考慮要素となっています。

3 判例検討に際して、安全配慮義務と監督義務は別物として整理すべきか!?

 上記の説明のとおり、裁判官が、事業者が危険防止措置をとっていたかどうか(「安全配慮義務」を果たしていたかどうか)の判断を行う場合と、事業者が第三者に損害を加えた職員の「監督」について「相当の注意(「危険の程度に応じた注意)」をしていたかどうか(監督義務を果たしていたかどうか)の判断を行う場合には、①「事前の措置」②「事後の措置」の有無および適否を判断するための事情という同じ要素を考慮して行われていることがわかると思います。
そこで、事業者が損害賠償責任を負わないためのノウハウを判例から学ぶ際には、個々の事案の状況を前提としつつも、①「事前の措置」及び②「事後の措置」各々につき、何をどの程度行えばよいのかという意識をもって具体的な事情を検討していくことが重要ですし、有益です。
 したがって、債務不履行責任についての判例と不法行為責任についての判例を別のものとして整理するのではなく、あくまで事業者として行うべき措置を学ぶことのできる同類の資料であるという意識をもって整理することで、判例検討の効果が高まるでしょう。

関連記事

運営者

介護特化型リーガルパートナー
ページ上部へ戻る