誤嚥事故(御餅が喉に詰まった等)に関する介護サービス事業者の責任の有無

誤嚥事故と介護

 残念なことではありますが、介護施設における誤嚥による死亡事故(誤嚥事故)は現在も多く発生しています。少し難しい言葉ですが、誤嚥事故というのは、御餅を喉に詰まらせてしまうとかそういうものです。そして、誤嚥事故が発生した場合には、遺族が介護サービス事業者に高額な損害賠償を請求する可能性がありますし、そのような遺族の気持ちは当然のことでしょう。
 ただ、介護サービス事業者に常に損害賠償義務が生じるかというと、そうではなく、ケースごとの事情によって結論が分かれます。
 そこで、介護サービス事業者は、どのような点に気をつけるべきなのか、誤嚥事故についての事業者の責任につき、第一審と控訴審(第二審)で結論が分かれた判例をもとに検討してみましょう。

 少し長くなりますので、結論だけでいいよ!という方は「4 考察」のみをご参照ください。 

1 事案の概要

 Yが経営する介護付き有料老人ホーム(Y施設)に入居していたAは,入居3日目,自室で朝食を摂っていたところ,Y施設から提供されたロールパンを誤嚥し(喉に詰まらせて),窒息死するという事故が発生した。
 Aの相続人であるXらは,前記事故は,Y施設がロールパンという誤嚥(喉につまる)危険のある食物をAに提供し,個室でこれを食べさせていたにもかかわらず,同施設従業員が見回りを十分に行わなかったなど,Aに対する安全配慮義務を怠った過失により発生したものであるなどと主張し,Yに対し,債務不履行又は不法行為に基づき,損害賠償等を請求した。

なお、誤解を恐れずに説明すれば、安全配慮義務違反とは、危険が発生することにつき予見し(又は予見でき)、その危険を防止する義務が発生していたにもかかわらず、危険防止措置(巡回等)をとらなかったことをいいます。

2 争点

 Aに誤嚥(のどに詰まらせる)の危険があることにつき、Yが予見し、又は十分に予見することができたか否か(予見可能性の有無)。

※ YにAの誤嚥の危険についての予見可能性がないのであれば、Yに危険を防止する法律上の義務(危険防止措置義務)が発生しません。したがって、個室でパンを食べさせていたにもかかわらず、見回りを十分に行わなかった(危険防止措置が不十分であった)としても、Yに安全配慮義務違反は生じません。

3 裁判所判決

3-1 一審判決:神戸地方裁判所平成24年3月30日判決

3-1-1 Xらの主張

本件診療情報提供書、本件看護サマリー及び本件紹介状には、Aにつき嚥下障害の原因となり得る複数の病名や既往歴が記載されていたところ、これらの病名は嚥下障害の原因となり得るものであることから、本件事故時点において、介護事業者であるYは、Aに誤嚥の危険があることを予見し、又は十分に予見することができた。
 

3-1-2 Yの主張

本件診療情報提供書には、嚥下障害の原因となり得る病名は記載されているものの、(Aに実際に誤嚥が生じているという、明確な)誤嚥に関する記載はなく、本件紹介状にも「時折嘔吐を認めています。誤嚥を認めなければ経過観察でよいと思います。」と記載されているだけで、その後、Aの摂食状況を観察しても誤嚥を疑わせるような状況はなかったなどの事情から、本件事故時点において、Aに誤嚥の危険があることを具体的に予見し、又は予見することができなかった。
 

3-1-3 一審判決要旨

① 本件診療情報提供書、本件看護サマリー及び本件紹介状には、嚥下障害の原因と指摘されている複数の「病名」が記載されているものの、上記各文書中には、食道裂孔師ヘルニアによる食後嘔吐等以外には、上記病名の関係でAに嚥下障害が認められると診断した記載は認められない。
② 本件紹介状には、「♯3(食道裂孔師ヘルニア)により、時折嘔吐を認めています。誤嚥を認めなければ経過観察でよいと思います。」との記載が認められるが、Aが症状軽快により当該病院を退院した。

…などの事情を考慮すると、Yが、本件事故時点において、Aに誤嚥の危険があることを具体的に予見することは困難であったというべきである。

<結論までの過程>
YにAが誤嚥する危険についての予見可能性なし。
    ↓
Yに安全配慮義務違反はない。
    ↓
Yに損害賠償義務はない。

3-2 控訴審(第二審);大阪高等裁判所平成25年5月22日 要旨

3-2-1 前記①及び②について

診療情報提供書や紹介状の病名のや病状の記載は抽象的で、明瞭でない面はあるものの、記載内容からすれば、Aの食道に疾患があり,食物が逆流し,嘔吐することがあること,これにより誤嚥が危惧されるとの意味内容を感得することは,医療の専門家でない読み手であっても,必ずしも困難なことではない。
また、高齢者事故の中で転倒と誤嚥が多いことは周知の事実であるところ,高齢者を扱う介護事業者従業員が前記意味内容からしてAに対しては通常の入所者に比して誤嚥について特に注意が必要であることを把握できないはずはない。
 

3-2-2 新規入居者に対する配慮

とりわけ,介護施設に新しく入所する者にとっては,環境が変化すれば,心身に負担が増すことになるのであるから,持病がどのように現れるのか注意深く観察する必要があることなどを指摘した上,介護事業者としては,協力医療機関と連携を図り,少なくとも,同医療機関の初回の診察・指示があるまでの間は,Aの誤嚥防止に意を尽くすべき注意義務があった。

…などと認定し、Yが、本件事故時点において、Aに誤嚥の危険があることを具体的に予見することが困難であったとはいえない旨判断した。

<結論までの過程>
YにAが誤嚥する危険についての予見可能性あり。
    ↓
予見可能性のあったYには、誤嚥を防止する措置をとる義務が発生していたにもかかわらず、見回りが不十分であったなど、危険防止措置が不十分であったことから安全配慮義務違反あり。
    ↓
Yに損害賠償義務がある。

4 考察

 本件において,一審と控訴審では、誤嚥(のどに詰まらす)の危険についての予見可能性に対する結論が分かれました。Aに関する前入院先病院からの申し送りの内容がいささか不明瞭であった事情を背景として,一審は,医師からの明確な指示がないことなどの諸般の事情から誤嚥の予見可能性を否定しています。介護従業員が医療の専門家ではないことを重視して,この点に焦点を当てたと思われます。
 これに対し,控訴審は,高齢者介護の実態を踏まえ,介護従業員であれば,医師の申し送り事項の内容からAが誤嚥について特に注意を要することを感得することは容易であり,一般の入所者とは異なる注意を向ける必要があったとして,誤嚥の予見可能性を肯定しています。医療の専門家ではないとしても,介護従業員の専門家としての経験・判断能力があることを重視して,ここに焦点を当てたと思われます。
この控訴審の判断からすると、介護サービス事業者には、一定程度の専門職としての予見可能性を持つことが要請されているといえるでしょう。したがって、控訴審判決に従う限り、少なくとも、利用者が誤嚥に影響しそうな持病を持っていることを把握している事業者は、誤嚥の危険についての予見可能性があり、危険防止措置義務が発生していると思って行動すべきです。よって、かかる場合における事業者は、医療機関の初回の診察・指示があるまでは、誤嚥防止につき注意を払っておくべきです。
 具体的には、なるべく目の届く場所で食事をさせるのがよいでしょう。また、目の届かない場所で食事をさせるのであれば、見回り時間を慎重に定めたうえで見回りを徹底する、利用者の手元にナースコールを持たせたうえで食事をさせるなど、仮に誤嚥が生じてもすぐに対処できる体制を整えておくことが必要でしょう。

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