求人票に載せた介護従事者の初任給の見込金額を下げることはできるか?【弁護士が解説する初任給見込み額の引き下げの可否】

給料低い

 求人で採用内定を出したものの、その後、経営が悪化したとします。その場合、経営の悪化具合によっては採用内定取消もあり得るところですが、求人票に掲載した初任給の見込み金額を下げて採用したいと考えることもあるでしょう。
では、求人票に掲載した初任給の見込金額を引き下げることはできるのでしょうか。
 

1 初任給の金額は採用内定時に確定してしまうか?

 採用内定を出すと、多くの場合、始期付解約権留保付きの労働契約が成立します。では、採用内定時に初任給の金額を確定させていなかった場合、採用内定より前の段階である求人時に示していた初任給の見込み額が、労働契約の内容となってしまうのでしょうか。
 まず、契約がどのように成立するのか、という点を改めて説明すると、契約は、「申込」と「承諾」という意思の合致によって成立します。つまり、労働契約でいえば、

①従事者の申込「働かせて下さい」と、事業者の承諾「お願いします」
②事業者の申込「働いて下さい」と、従事者の承諾「お願いします」

のどちらかです。
 では、求人は上記②事業者の申込「働いて下さい」にあたってしまうのか、働いてもらう賃金を提示していることから問題になりますが、結論として、あたりません。
 何故なら、求人をしても、その後、応募者の面接をして労働契約(採用内定含む。)を締結することになる以上、求人は、事業者の申し込みなのではなく、あくまで、介護従事者の申込である「働かせて下さい」を誘うものと考えるべきだからです(「申込の誘引」と言ったりします)。
 そうすると、あくまで求人票の初任給見込額は、申込の誘引に際して提示するものにすぎない、ということになりますので、申込の内容でも、承諾の内容にもならないと考えるのが原則になります。しかも、「見込」であることを明示しておけば、文言上も、契約内容として確定していることを表すものとはいえません。
 以上、いろいろ述べましたけれども、求人票記載の初任給見込額は、申込の内容でも承諾の内容でもないため、労働契約内容にはなり得ず、その金額に拘束されることは原則ない、ということになります。

2 無制限に初任給見込額を引き下げていいか?

 さて、初任給見込額に拘束されないとすれば、無限定に初任給見込額を引き下げてよいのでしょうか。初任給見込額を下回る初任給を支給したところ、新卒者が、見込額と支給額との差額の賃金を求めて裁判を起こした裁判例がありますので、みてみましょう。

東京高等裁判所昭和58年12月19日判決(八洲測量賃金請求控訴事件)

「ところで、控訴人らは、本件労働契約が成立した時に控訴人らの基本給は各求人票記載の金額で確定したものと解すべきである旨主張する。
 しかし、前記認定事実から明らかなように、本件求人票に記載された基本給額は「見込額」であり、文言上も、また次に判示するところからみても、最低額の支給を保障したわけではなく、将来入社時までに確定されることが予定された目標としての額であると解すべきであるから、控訴人らの右主張は理由がない。すなわち、新規学卒者の求人、採用が入社(入職)の数か月も前からいち早く行われ、また例年四月ころには賃金改訂が一斉に行われるわが国の労働事情のもとでは、求人票に入社時の賃金を確定的なものとして記載することを要求するのは無理が多く、かえつて実情に即しないものがあると考えられ、〈証拠〉によれば、労働行政上の取扱いも、右のような記載を要求していないことが認められる。更に、求人は労働契約申込みの誘引であり、求人票はそのための文書であるから、労働法上の規制(職業安定法一八条)はあつても、本来そのまま最終の契約条項になることを予定するものでない。」

 ポイントは、①見込額であるということが求人票に記載されていたこと、②上記に述べたとおり、そもそも求人は申込の誘引である、という二点です。この理由から、裁判所は、求人票の見込初任給は契約内容にならないと判断しております。さらに、裁判所は、

「求人票記載の見込額の趣旨が前記のようなものだとすれば、その確定額は求人者が入職時までに決定、提示しうることになるが、新規学卒者が少くとも求人票記載の賃金見込額の支給が受けられるものと信じて求人に応募することはいうまでもなく、賃金以外に自己の適性や求人者の将来性なども志望の動機であるにせよ、賃金は最も重大な労働条件であり、求人者から低額の確定額を提示されても、新入社員としてはこれを受け入れざるをえないのであるから、求人者はみだりに求人票記載の見込額を著しく下回る額で賃金を確定すべきでないことは、信義則からみて明らかであるといわなければならない。けだし、そう解しなければ、いわゆる先決優先主義を採用している大学等に籍を置く求職者はもちろんのこと、一般に求職者は、求人者の求人募集のかけ引き行為によりいわれなく賃金につき期待を裏切られ、今更他への就職の機会も奪われ、労働基準法一五条二項による即時解除権は、名ばかりの権利となつて、求職者の実質的保護に役立たないからである。しかし、さればといつて、確定額が見込額を下廻つたからといつて、直ちに信義則違反を理由に見込額による基本給の確定という効果をもたらすものでないことも、当然である。」

と判断しております。
 つまり、信義誠実の原則(一般常識的な感覚から導かれる原則だと思ってください。)から、みだりに求人票記載の見込額を著しく下回る賃金を確定すべきでないと言っています。
 したがって、特段、求人票記載の見込額を下回る初任給を設定する理由が無いのにこれを設定することはもちろんのこと、理由があったとしても、その下げ幅によっては、信義誠実の原則違反とされてしまい、損害賠償責任を負うケースがある、ということになります。
 また、厚生労働省は、ハローワークでの求人票と実際の労働条件が異なる場合の対策を強化するとしておりますので、ハローワークで求人した場合には、行政指導を受けることが考えられます(参考:厚生労働省HP)。なお、先日ニュースになっていましたが、2013年度の全国のハローワークに寄せられた求人票に関する苦情9380件のうち、その4割が、実際の労働条件が求人票の内容と異なるという内容だったそうですね。
 求人票記載の初任給見込額を減額したい場合には、その必要性、値下げ幅に注意して慎重に検討するようにしましょう。

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