介護従事者に支払う賃金から、貸付金を相殺して支払うことができるか?【貸付金と給与を相殺できる場合とは】

給料_天引き

 介護事業をしている過程で、介護従業員にお金を貸す場合もあるかと思います。今回はその貸したお金を従業員から回収する方法として、毎月支払う給料から一定分ずつ減額して、貸付金の返済にあててもよいのかという点についてのお話です。

例えば、こんな事例です。
 

訪問介護事業者Aは、介護従事者Bに対して、Bが通勤に使用する車両の購入のためのお金50万円を貸し付けました。
さて、Aは、この貸付金の回収方法として、Bに支払う賃金から毎月2万円ずつ控除する方法をとることができるのでしょうか。

1 賃金支払いのルール

 労働基準法上、雇い主が労働者に対して支払う賃金の支払ルールについては、次のように規定されています。

労働基準法

(賃金の支払)
第24条  賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
2  賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。

これをみると、

①賃金は通貨で支払わなくてはならない
②賃金は直接支払わなくてはならない
③賃金は全額を支払わなくてはならない
④賃金は毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなくてはならない

とのルールが定められていることがわかると思います。
いずれも、賃金が労働者の経済的生活にとって重要なものであることから、労働者保護のために定められているわけです。

2 賃金との相殺はできるのか?

 以上、労働基準法24条のルールからすれば、賃金は全額を支払わなくてはならないわけですから、賃金と貸付金を相殺することは原則としてできません。
 しかし、以下のケースにおいては、相殺ができるとされています。

① 法令がある場合(労基法24条ただし書き)
② 労使協定がある場合(労基法24条ただし書き)
③ 調整的相殺
④ 労働者が相殺することについて同意し、それが労働者の自由意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合

3 具体的にどのような場合に相殺できるのか?

 では、それぞれ具体的にどのような場面で賃金からの控除(相殺)が許されるのか見てみましょう。
 まず、上記の①法令が存在する場合としては、社会保険料や所得税の源泉徴収などです。次に、②の労使協定がある場合というのは、労働組合費のチェックオフ(労働協約に基づいて労働組合費を給料から天引きすること)などです。
 上記の③調整的相殺とは、計算ミスで賃金を支払い過ぎた場合などにおいて、次月以降に過払い分を控除して支払うこと等をいいます。この調整的相殺ができるかどうかについては、端的にいうと、金額が少ないなど労働者の経済生活に支障がない程度のものであれば許されるということになります。参考までに、判例は、次のように述べています。

 「適正な賃金の額を支払うための手段たる相殺は、同項但書によつて除外される場合にあたらなくても、その行使の時期、方法、金額等からみて労働者の経済生活の安定との関係上不当と認められないものであれば、同項の禁止するところではないと解するのが相当である。この見地からすれば、許さるべき相殺は、過払のあつた時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、また、あらかじめ労働者にそのことが予告されるとか、その額が多額にわたらないとか、要は労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合でなければならないものと解せられる。」(最高裁判所昭和44年12月18日判決[福島県教組事件])

 さて、上記④の労働者が同意し、その同意が自由意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合というのが問題です。
判例を見てみますと、

「労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの。以下同じ。)二四条一項本文の定めるいわゆる賃金全額払の原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとするものというべきであるから、使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することを禁止する趣旨をも包含するものであるが、労働者がその自由な意思に基づき右相殺に同意した場合においては、右同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、右同意を得てした相殺は右規定に違反するものとはいえないものと解するのが相当である(最高裁昭和四四年(オ)第一〇七三号同四八年一月一九日第二小法廷判決・民集二七巻一号二七頁参照)。もっとも、右全額払の原則の趣旨にかんがみると、右同意が労働者の自由な意思に基づくものであるとの認定判断は、厳格かつ慎重に行われなければならないことはいうまでもないところである。」
「被上告人Aは、被上告会社の担当者に対し右各借入金の残債務を退職金等で返済する手続を執ってくれるように自発的に依頼しており、本件委任状の作成、提出の過程においても強要にわたるような事情は全くうかがえず、右各清算処理手続が終了した後においても被上告会社の担当者の求めに異議なく応じ、退職金計算書、給与等の領収書に署名押印をしているのであり、また、本件各借入金は、いずれも、借入れの際には抵当権の設定はされず、低利かつ相当長期の分割弁済の約定のもとに被上告人Aが住宅資金として借り入れたものであり、特に、被上告会社借入金及び三和借入金については、従業員の福利厚生の観点から利子の一部を被上告会社が負担する等の措置が執られるなど、被上告人Aの利益になっており、同人においても、右各借入金の性質及び退職するときには退職金等によりその残債務を一括返済する旨の前記各約定を十分認識していたことがうかがえるのであって、右の諸点に照らすと、本件相殺における被上告人Aの同意は、同人の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していたものというべきである。
 してみると、右事実関係の下において、本件相殺が労働基準法二四条一項本文に違反するものではないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はないものというべきである。」[最高裁判所平成2年11月26日判決[日新製鋼事件]]

と判断しています。
 自由意思に基づくかどうかは、ⅰ相殺合意の成立経緯(自発的に依頼しているか等)、貸付金返済方法に関する労働者の認識(借入時から相殺による返済を認識していた等)ⅱ労働者に利益をもたらすか否か(金利が低い、担保がない等)、という二点を考慮しているといえるでしょう。
 自由意思はあくまで労働者の主観に過ぎず、「やっぱり、働いている手前、相殺に合意するしかなかったんです・・」と言われる可能性が存在しますので、慎重に相殺の可否を判断する必要があるといえます。

4 本件の場合

 本件は、①から③のいずれにもあたりませんので、賃金から控除するためには、④介護従事者の同意を得る必要があります。
 しかし、その同意について、介護従事者の自由意思に基づくものと認めるに足りる客観的に合理的な理由が存在しない限り、裁判などで争われると、賃金からの控除は無効となり、賃金全額払いの原則に従って、賃金を支払わなくてはならなくなります。
 賃金は賃金として支払う、貸付金は貸付金として回収をするということを法律は求めているのであって、安易に賃金から控除するという貸付金の回収方法をとることは控えるようにして下さい。

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