労働基準監督署の立入検査への介護事業者の対策方法

介護業界は慢性的に人手が足りていないため、労働基準法などの法令に違反している事業所が多いといわれます。

もし事業場に労働基準監督署(労基署)の立入検査が入ると、最悪の場合、罰金刑を科されるおそれがあります。

そのため、介護事業者の皆さまにとっては、労基署の立入検査への対策が重要となってきています。

今回は、労基署の検査の概要と、その対策について、ご説明します。

1 労基署の立入検査とは

労基署の立入検査は、実務上、臨検監督といわれます。

これは、労働基準法101条1項を根拠として事業所(介護事業所に限られません。)に対して行われるものです。

労働基準法第101条 労働基準監督官は、事業場、寄宿舎その他の附属建設物に臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者若しくは労働者に対して尋問を行うことができる。
2 (以下略)

そして、労基署の臨検監督は、いくつかの種類に分類されています。

  1. ・定期監督
  2. ・申告監督
  3. ・災害時監督
  4. ・再監督

以下で、それぞれを詳しく解説します。

1-1 定期監督とは

定期監督とは、地方ごとに存在する労基署が、定期的・計画的に各事業所に対して行う臨検監督のことをいいます。

この臨検監督で何を重点的に検査するのかについては、毎年4月頃に厚労省が策定する「地方労働行政運営方針」に沿って決められています。

1-2 申告監督とは

申告監督とは、従業員や退職者から労基署に申告(通報)があり、労基署が調査の必要があると判断した場合に行われる臨検監督のことをいいます。

従業員や退職者からの通報内容は、多くの場合、給料や残業代の未払や不当解雇などが多いようです。

1-3 災害時監督とは

災害時監督とは、労働災害(いわゆる「労災」)が発生し、労基署が原因究明や再発防止のため調査の必要があると判断した場合に行われる臨検監督のことをいいます。

労災は、事業の運営に関連して従業員等が負傷したり疾病にかかったりした場合に認定されることになります。

介護事業所では肉体労働が多い関係で、従業員が腰痛になり、労災認定されることがたまにあります。

もっとも、災害時監督の対象となるのは、ある程度事案が重大な場合に限られるため、従業員の1人が肉体労働により腰痛になったというケースでは災害時監督が行われる可能性は低いでしょう。

1-4 再監督とは

再監督とは、定期監督、申告監督、災害時監督により事業所に対して是正勧告が出された後、事業所から改善報告書が出されたが、本当に改善されたのか、なお改善の余地があるのではないかなどの点を確認するために行われる臨検監督のことをいいます。

また、改善報告書が出されなかった場合にも行われます。

2 臨検監督の流れ

臨検監督は、一般的には、次の図のような流れで手続が進みます。

臨検監督の流れ

※ 出典:厚労省HP「労働基準監督署の役割」

臨検監督は、定期監督、申告監督、災害時監督のどのパターンであっても、原則として事業場への立入検査が実施され、しかも事前の予告は基本的にはありません。

臨検監督の最中には、従業員からの事情聴取が行われたり、労働関係書類のチェックがされたりします(どのような書類がチェックされるかについては、後述します。)。

このとき、監督官に対して、定期監督と申告監督のどちらなのかを質問しても、通常は答えてくれません。

しかしながら、監督官による事情聴取の内容によって、申告監督かどうか(つまり、従業員や退職者が労基署に申告したのか否か)が、なんとなくわかります。

例えば、時間外勤務の残業代についての事情聴取が多ければ、従業員や退職者が労基署に残業代未払の申告をしたのだと推測されます。

事前に予告がなく、誰が労基署に申告したのかどうかさえもはっきりとはわからない以上、普段から残業代や解雇の手続は法律に従って適正に行い、その旨の書類も保管しておくことが重要だといえます。

3 臨検監督の際にチェックされる書類とは

臨検監督は、事業所での労働関係が適法に処理されているかどうかを全般的に調査する手続です。

そのため、従業員との雇用関係(労働時間、給与)のほか、労働安全衛生や労働保険に関する書類もチェックされます。

3-1 チェックされる書類の一覧

臨検監督の際に監督官にチェックされる書類は、表にすると、次のとおりです。

労働時間や残業代等の未払の調査賃金台帳、出勤簿、36協定、就業規則、雇用契約書など
事業場の安全衛生の調査健康診断の結果など
労働保険の申告の適正性の調査賃金台帳、労働者名簿など

以下では、各書類について説明しています。

3-2 就業規則とは

就業規則とは、その事業場で勤務する従業員全員に適用される雇用関係上のルールをいいます。

各従業員との個別の雇用契約より有利な内容を就業規則で定めている場合には、就業規則の定めの方が優先して適用されるほか、就業規則を従業員に不利なように変更する際には従業員の同意が必要であるなど、非常に重要な書類であるとされています。

常時10人以上の従業員を雇用する事業場では就業規則の作成が義務付けられており(労働基準法89条)、「常時10人」にはアルバイトやパートタイマーも含みます。

もし常時10人以上雇用しているのに就業規則を作成していない場合には、30万円以下の罰金が課せられることになります(労働基準法120条1号)。

3-3 36協定とは

労働基準法32条により、従業員の労働時間の上限は、原則として1日8時間、1週間で40時間までと決められています。

この法定労働時間の上限を超えて従業員に労働させる場合には、雇用主と従業員の代表者との間で36協定を締結しなければなりません。

また、締結された36協定は、労働基準監督署に届け出ておく必要があります。

もし36協定を届け出ないまま法定労働時間の上限を超えて労働させた場合、雇用主に、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が課されることになります(労働基準法119条1号)。

36協定の記入例は、東京労働局のHP で公開されていますので、参考にしてみてください。

3-4 賃金台帳とは

賃金台帳とは、従業員の賃金に関するありとあらゆる情報を記録しておく書類のことをいいます。
記載しなければならない内容は、次のとおりです。

  1. 賃金台帳の記載事項
  2. ・従業員の氏名、性別
  3. ・賃金計算期間
  4. ・労働日数
  5. ・労働時間数
  6. ・時間外労働時間数
  7. ・休日労働時間数、深夜労働時間数
  8. ・基本給、手当その他の賃金の種類と金額
  9. ・賃金の一部を控除した場合の金額(社保控除など)
  10. ※労働基準法108条、労働基準法施行規則54条1項各号参照

賃金台帳は、常時雇用されている者については、厚労省のHP で公開されている書式で作成しなければならないとされているため(労働基準法施行規則55条)、是非参考にしてください。

作成の際の注意点としては、早出や残業によってシフト表と実際の労働時間がズレることがよくありますので、こまめに記入することを心がけてください。

3-5 労働者名簿とは

労働者名簿とは、事業場で雇用する従業員の名簿のことをいいます。その記載内容は、次のとおりです。

  1. 労働者名簿の記載事項
  2. ・従業員の氏名、生年月日、性別、住所
  3. ・従業員の履歴(異動や昇進)
  4. ・従事する業務の種類
  5. ・雇入れの年月日
  6. ・退職、解雇の年月日及びその事由
  7. ・死亡の年月日及びその原因
  8. ※労働基準法107条1項、労働基準法施行規則53条1項各号参照

従業員の入れ替わりの激しい業界ですが、こまめに更新しておくことが重要です。

3-6 出勤簿とは

出勤簿とは、従業員の労働時間を記録しておく書類のことをいいます。

なお、「出勤簿」というものがガイドライン上作成するべき書類とされているわけはなく、必要な事項が記載されているのであれば、タイムカードでも問題ありません。

以下では、書類の名称を問わず、従業員の労働時間を記録しておく書類を「出勤簿」と定義して説明します。

出勤簿の記載内容は、賃金台帳と被る点が多いですが、厚労省の発表している「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」によって、作成するべき書類であるとされています。

出勤簿への記載内容は、次のとおりです。

  1. 出勤簿の記載事項
  2. ・始業時間、就業時間
  3. ・労働時間(日別に計算する)
  4. ・出勤日
  5. ・労働日数
  6. ・時間外労働(早出、残業等)を行った日及びその時間数
  7. ・休日労働を行った日及びその時間数
  8. ・深夜労働(22時から翌朝5時まで)を行った日及びその時間数

従業員控え室に貼ってあるシフト表に手書きで修正しても良いですが、ごちゃごちゃして読みにくくなってしまうため、別途書類を用意するのがベターです。

4 まとめ

今回は、労基署の臨検監督でチェックされる書類について解説しました。

労働関係書類をしっかりと作成しておくことは、労基署対策をする上で必須です。
しかも、普段から適正な書類作成をしておくことが重要です。

作成方法については細かいルールが決められているものもありますので、もし作成にお困りの場合には、社労士や弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。

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