介護事業者に対する実地指導でのチェック項目・手続・対策

近年、介護事業所や施設の数が増加していることに伴い、実地指導の件数も多くなっている印象です。
実地指導は、後述のとおり、きちんと対策をしないと監査に移行する可能性があり、非常に悪質だと判断された場合には指定取消しなどの処分に発展する可能性もあります。

実地指導の通知が送られてきた場合、介護事業者様は、
「何をどの程度準備しなければならないのか?」
「実地指導はどのような流れで進むのか?」
「今後指定取消しで事業ができなくなるのか?」
「今までの介護報酬を全て返還しなければならないのか?」
などの点で不安になられるのではないかと思います。

今回は、実地指導と監査について、指導当日の流れやチェックされる項目、指定取消しなどの処分との関係性について、解説します。

1 指導とは

指導とは、行政が介護事業者に対して、法令で定められた基準を順守するように呼びかけることをいいます。
指導の目的は、サービスの質の確保・向上や、保険給付の適正化を図ることにあります。

指導はその方法によっていくつかに分類されますが、今回は指導の中でも「実地指導」をメインに解説いたします。
指導の種類や処分の内容について詳しく知りたい方は、以下の記事も併せてチェックしてみてください。

1-1 実地指導とは

実地指導とは、行政の指導担当官が個々の事業所や施設に行き、責任者やスタッフに対して質問をするなどして、適正な事業運営が実施されているか確認し、指導を行うことをいいます。

実地指導のうち、すべての事業所の中から任意に選ばれた事業所に対して行われる実地指導のことを一般指導といいます。
これに対して、通報等により基準違反の疑いがある事業所や施設に対する指導は、個別指導といわれることがあります。

なお、介護保険の実務上、通常、一般指導は上述のとおり都道府県または市区町村が単独で行うことを指します。
これに対して、県と市が共同して行うような実地指導は、合同指導と呼びます。

ケースや自治体によって、指導の用語の意味が異なるので、注意が必要です。

1-2 指導の根拠

国及び都道府県が指導を行う場合には介護保険法24条、市町村が行う場合には同法23条が挙げられます。

(文書の提出等)
第23条 市町村は、保険給付に関して必要があると認めるときは、当該保険給付を受ける者若しくは当該保険給付に係る居宅サービス等・・・を担当する者・・・に対し、文書その他の物件の提出若しくは提示を求め、若しくは依頼し、又は当該職員に質問若しくは照会をさせることができる。
(帳簿書類の提示等)
第24条 厚生労働大臣又は都道府県知事は、介護給付等・・・に関して必要があると認めるときは、居宅サービス等を行った者又はこれを使用する者に対し、その行った居宅サービス等に関し、報告若しくは当該居宅サービス等の提供の記録、帳簿書類その他の物件の提示を命じ、又は当該職員に質問させることができる。
2 厚生労働大臣又は都道府県知事は、必要があると認めるときは、介護給付等を受けた被保険者又は被保険者であった者に対し、当該介護給付等に係る居宅サービス等・・・の内容に関し、報告を命じ、又は当該職員に質問させることができる。
3 (以下略)

上記の介護保険法の条文には、「指導」という言葉は出てきませんが、強制力を持たない行政の行為を一般的に「行政指導」といいます。
介護事業者に対する実地指導も、強制力を持たないという建前になっていますので、一般的に「指導」という名称がついています。

2 実地指導の流れ・チェックされる項目

実地指導では、指導担当官により大まかなスケジュールやチェックされる項目が決まっています。
指導担当官は、厚労省の通達である介護保険施設等実地指導マニュアル(改訂版)に沿って実地指導を行いますので、以下ではその概要を説明します。

2-1 実地指導当日のスケジュール

実地指導が行われる場合には、通常は、2週間から1ヶ月ほど前に日付・時間帯等が記載された通知が事業所や施設に送付されます。
そして、当日は基本的には午前9時から午後5時頃までと1日がかりで実地指導が行われるのですが、その内容は概ね以下のとおりです。

  1. 【運営指導】
  2. ■運営指導Ⅰ(利用者の生活実態の確認)
  3.  行動・心理症状のある利用者、その他虐待や身体拘束が疑われる利用者の確認
  4. ■運営指導Ⅱ(サービスの質に関する確認)
  5.  ①認知症ケアの理解
  6.  ②虐待防止・身体拘束廃止
  7.   ・虐待防止・身体拘束廃止への取組み
  8.   ・虐待・身体拘束についての認識とサービスの実施状況
  9.   ・高齢者虐待防止・身体拘束禁止に関する制度の理解
  10.  ③「一連のケアマネジメントプロセス」の理解
  11.  ④地域との連携
  1. 【報酬請求指導】
  2. ■報酬基準に基づいた実施の確認
  3.  ①加算及び減算に係る考え方の確認
  4.  ②加算及び減算の実施状況の確認
  5.  ③加算及び減算の請求の内容の確認
  6.  ④加算を実施したことによる効果の確認

実地指導が終了すると、後日、指導結果についての連絡が来ます。
そこでは、運営について改善を要する場合や、介護報酬について過誤調整を要すると認められた場合に、報告書を提出するように求められます。
監査に移行しない場合には、事業所または施設が指示を受けた内容の報告書を提出することで、指導は終了となります。

2-2 実地指導でチェックされる項目(運営指導)

運営に関する実地指導は、前記の厚労省の実地指導マニュアルでは、実地指導Ⅰ(利用者の生活実態の確認)と実地指導Ⅱ(サービスの質に関する確認)に分けられています。

実地指導Ⅰ(利用者の生活実態の確認)では、指導担当官が職員の案内を受けて、事業所や施設の内部を確認して巡回したり、サービス担当者やその他の職員に対するヒアリングがされます。
そこでは、主に、行動や心理状態に問題や不安がある利用者の状況や、その利用者への対応方法をどのようにしているのかが確認されます。

また、運営指導Ⅱ(サービスの質に関する確認)では、職員に対する質問により、認知症ケアについて理解しているか、虐待や身体拘束の廃止についての取組みはどのようにしているか、一連のケアマネジメントプロセス(ケアプランの作成、サービス担当者会議等の計画など)の重要性を理解し実践できているかどうかなどが確認されます。

これらの運営指導Ⅰ及び運営指導Ⅱの目的は、利用者に対する虐待や身体拘束の有無等の調査を行う点にあります。
近年は、利用者への虐待がニュースで報道されることが多くなり、ケースによっては利用者のケガや死亡なども生じ、刑事事件に発展することもあります。

虐待や身体拘束は、認知症や精神疾患により行動や心理状態に問題がある利用者に対して、特に頻発する傾向にあります。
そのため、実地指導の際にも、そのような利用者に対する虐待や身体拘束の有無は重点的にチェックされる項目とされています。

2-3 実地指導でチェックされる項目(報酬請求指導)

報酬請求指導の目的は、介護保険給付の不正請求を防止するため、職員に対して介護報酬請求上の加算及び減算の考え方を正しく理解させ、サービスの質の向上を図ることにあります。

実地指導における具体的な作業としては、事前に事業所や施設側では自己点検シートをもとに関係資料の準備が必要になります。
(詳しくは、後述の「4 事前に対策・準備しておくべきこと」をご覧ください。)

指導は、自己点検シートや関係資料に基づいてヒアリングが行われます。
これにより、加算及び減算の考え方について職員が誤った理解をしていないかをチェックされます。

もし職員の理解が誤っており、過去にも届出内容と相違したサービスが提供されていた場合には、過誤調整が行われることになります。
過誤調整は、誤った請求分の取下げと介護報酬の返還、正しい内容での再請求、利用者に負担分を返還した旨の報告書の提出などの方法を行います。

さらに、著しく悪質な不正請求が確認された場合には、速やかに監査に切り替わることになり、改善勧告が出される可能性が出てきます。

2-4 実地指導でチェックされる書類

実地指導では、上記のほかにも、事業所や施設での運営に関する書類のチェックも受けることになります。

具体的には、次のような書類がチェックされることになります(あくまで一例であり、これら以外の書類もチェックされることがあります。)。

  1. ■人員に関する書類
  2. ・職員の名簿や履歴書
  3. ・資格証明書
  4. ・雇用契約書
  5. ・シフト表やタイムカード
  6. ・就業規則
  1. ■設備に関する書類
  2. ・事業所建物の平面図
  3. ・手指洗浄設備
  4. ・設備・備品台帳
  1. ■運営に関する書類
  2. ・利用申込受付簿
  3. ・利用者台帳
  4. ・介護サービス計画書
  5. ・サービス提供記録
  6. ・サービス利用契約書
  7. ・重要事項説明書
  8. ・指定申請及び変更届の控え
  9. ・業務日誌
  10. ・所内マニュアル(緊急時対応、衛生、事故対応等)
  11. ・サービス担当者会議の記録
  12. ・アセスメント、モニタリング等の記録
  13. ・所内研修会の記録
  14. ・各種報告書
  15. ・会計関係書類
  1. ■介護報酬算定・請求に関する書類
  2. ・サービス提供表及び別表
  3. ・介護給付費請求書及び明細書
  4. ・加算にかかる体制要件・算定要件の記録
  5. ・請求書または領収書の控え

上記の書類は、指導担当官が参照したいと言った場合にはすぐに取り出せるよう、普段から整理して保管しておくことが重要です。

3 監査とは

監査とは、指導の結果で悪質な違反があると疑われる場合や、利用者等から通報を受けた場合に行われるもので、監査結果を踏まえて改善勧告が出されるかどうかが判断されます。

実地指導から監査に切り替わる場合としては、①運営や設備等の状況から、利用者の生命に危険が生じる可能性がある場合、②著しく不正な介護報酬請求が行われている場合が挙げられます。

不正請求の内訳としては、いわゆる架空請求がもっとも多く、次いで減算規定に該当しているのに減算していないケースや、加算要件を満たしていないのに加算請求しているケースが多いです。

図①

上記のグラフでの件数は、不正請求により指定取消の処分などがなされたケースの件数を指しておりますが、不正請求の内訳の件数としては参考になります。
このグラフにあるような架空請求のケースなど該当していた際は、実地指導から監査に切り替わる場合であげている「②著しく不正な介護報酬請求がなされていると判断されやすい」といえます。

4 事前に対策・準備しておくべきこと

実地指導を行う旨の通知が届いたら、事業所や施設では事前の準備が必須です。

実地指導の当日に指導担当官から必ず確認されるのは、次の項目ですので、これらの準備を行うことになります。

  1. ・自己点検シートの作成
  2.  →人員基準、運営・設備基準、報酬請求などのあらゆる項目を自主的にチェックするシートです。
  3. ・行動・心理症状のある利用者のリストの作成
  4.  →運営指導Ⅰで指導担当官が巡回する際に使用するリストになります。

自己点検シートを作成する段階で気付いた運営上の不備等がある場合には、実地指導の日までに改善しておくべきです。
もし不備が悪質なものである、あるいは生命の危険がある違反であると判断された場合、実地指導から監査に切り替わり、改善勧告の対象となることがあるからです。

このほか、報酬請求に関する書類の整備も非常に重要です。
架空請求でないか、加算や減算の要件を満たすサービスを提供しているのかといった点は厳しくチェックされます。
自己点検シートの作成の際には、根拠となる書類も準備できているかを併せて点検しておくようにしましょう。

5 実地指導から処分につながるのはどのような場合か

実地指導の結果、人員基準や運営・設備基準の違反が確認された場合、あるいは不正請求が確認された場合には、通常は監査に移行し、改善勧告(指定居宅サービス事業者の場合、介護保険法76条の2第1項)が出されます。
改善勧告に従わない場合には、次は改善命令が出されます。
それでも事業者が従わない場合には、処分の取消しや効力の停止の処分がなされます。

このように、実地指導後にすぐ処分をされるということは通常は想定されていません。
ただし、非常に悪質・重大な違反があった場合には、いきなり指定取消処分に直結する可能性もゼロではありません(介護保険法上、指定取消しなどの処分の前に勧告や命令を出さなければならないとはされていません。)。

つまり、まだ行政による調査の初期段階である実地指導や監査の段階で、行政から指摘を受けた事項はしっかりと改善することが重要なのです。

6 まとめ

今回は、実地指導の流れや事前準備、実地指導が行政処分とどのような関係にあるのかについて解説しました。

実地指導への対策や当日の対応は非常に骨が折れるとは思いますが、後に重い処分を受けないようにするため、しっかりと対応することが重要です。

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