介護事業者に対する指定取消処分の内容と事前の対処方法

介護事業者の不正請求や各種基準の違反が発覚すると、最悪の場合、介護事業者としての指定を取り消される可能性があります。

特に、実地指導・監査の際に違反を指摘され、改善勧告、改善命令を受けても是正が難しいような場合には、介護事業者様は
「自分は指定取消処分を受けてしまうのか」
「指定取消処分を受けるとどのような不利益があるのか」
「今からでも反論・対処をすることはできないのか」

などの不安を感じていることと思います。

そこで、今回は、介護事業者様向けに、指定取消処分の詳細と対処方法について、解説いたします。

1 指定取消処分の位置づけ

指定取消処分は、介護事業者に対して行政が行う処分のひとつです。行政が行う行為として、ほかに実地指導などがあります。

1-1 行政の指導や処分の種類・全体的な流れ

人員基準や運営・設備基準の違反や、不正請求をしていることが行政に発覚した介護事業者に対しては、改善勧告、改善命令から始まり、最悪の場合には指定取消処分や指定の効力の全部または一部の停止処分がされることになります。

処分の全体的な流れや種類について気になる方は、こちらの記事もチェックしてみてください。

1-2 指定取消処分の流れ

指定取消処分がなされる場合には、上記の流れに加えて、下記の図のような手続を踏むことになります。

一般検査の流れ
特別検査の流れ

2 指定取消処分の要件

どのような場合に指定取消処分になるかは、介護保険法77条1項各号で定められています。
おおまかな内容は以下のとおりです。

  1. 1号 介護事業者が罰金刑を受けたとき(法人の役員等も含む)
  2. 2号 介護事業者が指定を受ける際に付された条件に違反したとき
  3. 3号 人員基準を満たさなくなったとき
  4. 4号 設備・運営基準を満たさなくなったとき
  5. 5号 介護事業者が要介護者の人格尊重、命令遵守等の義務に違反したとき
  6. 6号 不正請求があったとき
  7. 7号 介護報酬の支給の際の調査に協力しなかったとき
  8. 8号 同上
  9. 9号 不正の手段で介護事業者としての指定を受けたとき
  10. 10号 介護保険法その他の関連法令に違反したとき
  11. 11号 サービス運営に際し不正または著しく不当な行為をしたとき
  12. 12号 役員等に過去5年間のうちに不正または著しく不当な行為をした者がいるとき(法人の場合)
  13. 13号 事業所の管理者が過去5年間のうちに不正または著しく不当な行為をしていたとき(法人でない場合)

3 指定取消処分を受けるとどうなるか

介護事業者が指定取消処分を受けてしまうと、次のような不利益を受けることになります。

    指定取消処分に関連する不利益

  1. ・介護報酬の請求ができなくなる(処分の効果①)
  2. ・新たな指定を受けられなくなる(処分の効果②)
  3. ・指定の更新が拒絶される(処分の効果③)
  4. ・不正に利得した介護報酬の返還(関連する不利益①)
  5. ・報道、公表、公示などがされる(関連する不利益②)

以下で詳しく見ていきます。

3-1 介護報酬請求ができなくなる(処分の効果①)

介護事業者が指定取消処分を受けると、介護事業者は国民健康保険団体連合会(通称「国保連」)に介護報酬を請求することができなくなります。

本来、利用者が受けるサービスの利用料(介護報酬)は、サービス利用契約に基づき、利用者自らが介護事業者に対して支払うべきですが、介護事業者が指定を受けている場合には、市町村が利用者の代わりにサービスにかかった費用を支払うこととされています(介護保険法41条6項)。

しかし、介護事業者が指定を取り消された場合には、介護保険法41条6項の適用はなくなりますので、介護事業者は国保連から介護報酬を受け取ることができなります。

その結果、指定取消処分を受けた後は、もはや介護事業を続けることができない状況になります。

3-2 新たな指定を5年間受けられなくなる(処分の効果②)

指定取消処分を受けた事業者は、介護保険法70条2項6号ないし6号の3により、5年の間、新たな指定を受けることができなくなります。
条文の構造が非常に複雑ですので、以下の表で整理します。

新たな指定を受けられないことの根拠 特定施設入居者生活保護…70条2項6号の2
それ以外…同項6号
親会社が指定取消処分を受けた場合につき、同項6号の3
指定取消処分の原因 ①各種基準違反、不正請求等(77条1項各号)
②介護サービス情報の報告に関する是正命令違反等(115条の35第6項)※1
新たな指定を受けられない期間取消の日から5年間。
ただし、法人の場合には、役員等も5年間は指定を受けられなくなる。※2※3

※1について(介護サービス情報の報告)
指定取消処分の原因については、不正請求や各種基準違反ですが、その他にも、介護サービス情報の報告に関して処分がされることがあります。

事業者は、介護事業の指定を受けサービスを開始するにあたって、介護サービスの内容、事業者または施設の運営状況に関する情報(介護サービス情報)を都道府県知事に報告しなければなりませんが、かかる報告をしなかったり、虚偽報告をしたりした場合には、当該事業者に対して是正命令等が出されることがあります。

事業者がこの是正命令に従わない場合には、指定の取消しまたは効力の全部・一部の停止等の処分がされることがあります。

※2について(処分の効果を受ける役員等の範囲)
指定取消処分を受けた事業者が法人の場合には、その事業者だけではなく、役員等にも処分の効果が及び、取消しの日から5年間は新たな指定を受けることができなくなります。

役員等の範囲は、業務を執行する社員、取締役、執行役またはこれらに準ずる者や、これらと同等以上の支配力を有するものと認められる者も含まれます。

つまり、法人の役員として登記はされていないけれども、実質的な共同経営者なども含まれることになります。

そのほか、事業所の管理者も含みますが、サービス責任者は含まないと解されています。

これらの役員等に対して「新たな指定を受けられない」という効果が及ぶためには、聴聞の通知の60日前に役員であることが要件となっています。

関連する法令(介護保険法70条2項6号、介護保険法施行規則126条の4)によれば、次の図の時点で役員であった者に対して効果が及ぶとされています。

指定取消処分の効果が及ぶ役員等の範囲

なお、この図の中の「聴聞」とは、指定取消処分を受ける介護事業者が処分の前に反論できる最後の機会として、行政手続法13条1項1号で定められている手続です。

後述のとおり、改善命令の前には「弁明の機会」が付与され、ここでも反論することはできますが、「聴聞」は処分前最後の反論機会ですので、非常に重要な手続となっています。

※3について(いわゆる「連座制」)
指定取消処分を受けた事業者が法人の場合、指定取消処分の効果はその法人全体に及びますので、ある特定のサービスについてだけ指定取消処分を受けたとしても、その法人が行うすべてのサービスについて、新たな指定を受けられないという効果が生じます(後述の更新不許可も同様です)。

これを、一般に「連座制」といいます。
その趣旨は、指定取消処分になるような悪質なケースでは、多くの場合、組織ぐるみで不正請求を行っていたり、基準違反を隠ぺいしたりしているため、組織全体に処分の効果を及ばせる必要がある点にあります。

一方で、指定取消処分になっても、組織ぐるみの違反ではない場合には、指定取消処分の効果は他のサービスには及びません。

つまり、指定の取消しを判断する権限を持つ都道府県知事が、指定取消処分の理由となった事実や、その事実の発生を防止するための事業者による業務管理体制の整備についての取り組みの状況、そのほか事業者の責任の程度を考慮した結果、事業者が組織的に関与していると認められない場合には、要件を満たしていても指定取消処分はされないのです(介護保険法70条2項6号ただし書き、同法施行規則126条の2第1項)。

3-3 更新の不許可(処分の効果③)

介護事業者が指定取消処分を受けたことは、新たな指定を受けることができない欠格事由に該当するほかにも、指定の更新不許可事由にも該当します(介護保険法70条の2第4項)。

そのため、6年間の指定の期間が経過する前に取消処分を受けると、その事業者は更新を受けることができません。

さらに、前述の連座制の適用があるため、複数のサービスを運営しているが更新時期がずれている場合には、ひとつのサービスで指定取消処分を受けると、他のサービスでの更新をすることもできないという事態に陥ることになります。

3-4 不正利得した介護報酬の返還(関連する不利益①)

不正請求をしてしまったことは指定の取消事由になっていますが(介護保険法77条1項6号)、この場合、介護事業者は指定取消処分のほかに、不正利得した介護報酬の返還と課徴金の徴収の処分を受けることになります(同法22条3項)。

なお、不正受給してしまった介護報酬を自主返還することで返還・徴収の処分を免れることができるケースもありますが、悪質な不正請求の場合などには自主返還が受け付けられないこともあります。

その場合には、指定取消処分と同じタイミングで不正受給分の介護報酬の返還・課徴金の徴収の処分を受けることになります。

3-5 報道、公表、公示などがされる(関連する不利益②)

指定取消処分がされると、多くの場合、都道府県や市区町村がマスコミ向けに報道発表をします。
記者会見を開くこともありますし、HPでプレスリリースを掲載することもあります。

また、処分の前段階でも、例えば改善勧告に従わない場合にはその旨が公表されることがありますし、改善命令が出された場合には公示がされることになっています(上記の「特別監査の流れの図参照)。

このように、処分に関連して、報道、公表、公示がされ、基準違反や不正請求したことが様々な人に知られ、介護事業者の評判が著しく低下することになりかねません。

4 実際の処分事例

ここでは、過去に東京都により指定取消処分を受けたケースを紹介します。

もっとも、東京都で指定取消処分になったケースは平成23年以降ですと見当たらないため、以下でご紹介するケースは少し古いものになっています。

この記事では、どのような違反があると指定取消処分になるのかのイメージだけお伝えできればと思います。

4-1 ケース①(コムスン事件)

平成19年当時、業界大手だった株式会社コムスンに対し、指定取消処分がされた事件です。

株式会社コムスンは、全国的に介護サービスを展開していましたが、多くの事業所で不正請求や人員基準違反等があったことが発覚しました。

東京都での処分理由は次のとおりです。

  1. ・指定を受けた時から、専従できない職員をサービス提供責任者として申請していた
  2. ・指定を受けた時から、支店長を兼務させ専従義務に違反
  3. ・指定を受けた時から、管理者及びサービス提供責任者が不在だった
  4. ・指定を受けた時に訪問介護員が不在で、数ヶ月の間不在の状況が続いた

これを受け、厚生労働省は平成19年9月10日付で東京都が株式会社コムスンに対して指定取消処分を行うなどの処分がされました。

しかし、株式会社コムスンは、処分がされる直前にいくつかの事業所の廃止届を提出し、処分を免れようとしました。また、事業自体は他の会社に事業譲渡をして続けられることになりました。

4-2 ケース②(福祉用具の貸与・販売事業者)

平成23年8月29日、福祉用具の貸与や販売を行う介護事業者が、指定取消処分を受けました。

処分理由は、次のとおりです。

  1. ・指定時から検査日までの約6年4ヶ月の間、福祉用具専門相談員が常勤換算方法で2名以上配置されていない(1名は、常勤専従ではないのにその予定であると虚偽の届出がされていた)
  2. ・指定更新時に届出されている管理者が既になくなっていたにもかかわらず、管理者として勤務するとの虚偽の書類を作成した
  3. ・すべての利用者に対し重要事項説明書を交付して説明・同意を得るという一連の行為を行っていなかった
  4. ・重要事項説明書への利用者のサイン・印鑑を事業所側で勝手に行っていた

このケースでは、基準違反になっていた期間が長く、それに伴って多額の水増し請求もされていたようでした。
返還予定の介護報酬の金額も約1139万円と高額となっています。

4-3 ケース③(通所介護事業者)

平成23年3月14日、通所介護・介護予防通所介護事業者に対して、指定取消処分がされました。

以下がその処分理由です。

  1. ・指定時から約5ヶ月の間、通所介護のための看護職員を配置していない
  2. ・理学療法士、言語聴覚士、歯科衛生士を配置しておらず、また、口腔機能改善管理指導計画を作成していないにもかかわらず、介護報酬の水増し請求していた
  3. ・指定から約10ヶ月の間に、利用者に通所介護サービス提供をしていない日が8日あったにもかかわらず水増し請求していた
  4. ・指定から約10ヶ月の間に、利用者に入浴サービスを提供していない日が10日あったにもかかわらず水増し請求した
  5. ・指定時に届出された常勤の生活相談員が別法人の常勤の管理者兼介護支援相談員として勤務していた
  6. などの複数の理由

こちらの事例では、違反や水増し請求していた期間はそれほど長くありませんでしたが、返還予定金額は約1295万円と高額でした。

4-4 指定取消処分になりやすいパターン

以上のケースから、指定の申請の時に虚偽の届出をして指定を受け、それ以降ずっと基準違反状態や不正請求を継続しているケースでは、悪質だと判断されやすいことがわかります。

最近は特に、介護スタッフの人手不足により、人員基準を満たすことが非常に難しくなっています。
しかし、だからといって虚偽の届出をしてしまうと、多くの場合不正請求にも該当することになり、事業を続けることができない状況に一気に追い込まれてしまいます。

5 指定取消処分への事前の対処方法

上記のとおり、指定取消処分が介護事業者に与えるダメージは非常に大きいので、介護事業者の側ではできるだけ事前の対処方法をするべきです。

以下で、介護事業者側での事前対処方法の一例をご紹介します。

5-1 改善報告書の提出・自主返還

実地指導や監査で基準違反や不正請求が発見された場合、介護事業者に対して改善勧告が出されることになります。

この場合、介護事業者は、書面で改善報告書を提出しなければなりません(上記の図参照)。また、不正請求になっていた場合には、基本的には自主返還をすることになります。

これにより、違反状態を自ら解消することが期待されています。

なお、改善報告書の書式の例は、東京都の場合には東京都福祉保健局のHP で公開されています。

5-2 弁明、聴聞の中での反論

行政の内部で改善命令をすることとした場合、処分の対象となる介護事業者に対して、事前に、弁明の機会を与えなければならないとされています(行政手続法13条1項2号)。

また、指定取消処分がされる前には、前述のとおり、弁明の機会の付与とは別に、聴聞という手続を行うこととされています(行政手続法13条1項1号)。

これらの弁明の機会や聴聞の手続の中では、基準違反や不正請求だと指摘された事項が、指定取消処分の要件(介護保険法77条1項各号)に該当しないという旨の反論をすることになります。

例えば、人員基準を満たしていないのに指定を受けたことが処分理由となっている場合(9号)には、専従・常勤のスタッフを配置していること、その証拠として雇用契約書やタイムカードを提出するなどの反論をすることになります。

5-3 取消処分の直前に事業廃止するのは効果的なのか?

介護事業者の中には、指定取消処分がされそうだと勘付いた時点で、事業の廃止届を出して処分を受けないようにする者もいます。

ですが、平成20年の法改正で、事業廃止届の提出は事後報告から事前報告に切り替わりました。

これは、処分を免れる目的で直前に廃止届を出す事業者を行政側がいち早く察知することが目的とされており、介護事業者は、指定取消処分の直前に事業廃止届を出して処分を免れることができなくなりました。

そのため、直前に廃止届を出すことは、処分への対処方法としてはほとんど意味がない行為といえます。

5-4 もっとも効果的な事前の対処方法

指定取消処分への事前の対処方法としてもっとも効果的なのは、言うまでもありませんが、指定を受ける時からずっと、法令の基準を守り、かつ、不正請求も行わないようにすることです。

ただ、そうは言っても、介護スタッフ不足のため運営の隅々まで気を配ることはなかなか難しいのが実情です。

そのため、指導の際に指摘された事項については、その都度しっかりと改善していくことが、なにより重要なのです。

6 まとめ

今回は、指定取消処分の詳細な効果や事前の対処方法について解説しました。
指定取消処分は、介護事業者のその後の事業を一切できなくさせるという非常に重い処分です。

また、近年の法改正により、処分を逃れる方法はなくなってきています。
事後の弁明の機会や聴聞手続での対処でも、十分なリカバリーをすることが難しいケースもあります。

そのため、普段から各種基準を遵守し、不正請求をしてしまわないように注意することが、事業を継続する上で非常に重要なポイントなのです。

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