介護保険事業者への処分に対する審査請求や取消訴訟などの争い方
介護保険法に基づく処分がされた場合、その処分に不服がある者は、行政に対して不服を申し立てることができます。
そのほか、裁判などにもよって争うことができます。
今回は、介護事業者が受けた処分に対して、どのような争い方があるのかについて解説します。
目次
1 処分に対する争い方の種類
介護事業者が指定取消処分や介護給付の返還処分を受けた場合、事後的にそれらの適法性を争う方法があります。
1-1 審査請求とは
介護事業者に対する処分に不服がある場合には、介護事業者は、介護保険審査会に対して審査請求をすることができます。
介護保険法第183条
保険給付に関する処分(被保険者証の交付の請求に関する処分及び要介護認定又は要支援認定に関する処分を含む。)又は保険料その他この法律の規定による徴収金(財政安定化基金拠出金、納付金及び第百五十七条第一項に規定する延滞金を除く。)に関する処分に不服がある者は、介護保険審査会に審査請求をすることができる。
2 (省略)
このように、介護保険法に基づく処分に対する審査請求は、介護保険審査会にすることとされています。
介護保険審査会に審査請求する際の流れは、次の図のとおりです。
介護保険審査会とは、介護保険法に基づく処分についての審査請求があった場合にその審査をする第三者機関で、介護保険に精通した専門家(大学教授や弁護士など)によって構成されています。
審査請求は、介護保険法により、書面または口頭ですることができるとされていますが、処分があったことを知った日から3ヶ月以内にしなければなりません(介護保険法192条本文)。
もっとも、その期間内に審査請求できなかったことにつき正当な理由がある場合には、期限を過ぎても審査請求することができます(同条ただし書)。
これらの注意事項は、指定取消処分の通知書にも記載がされることになっていますが、その記載がなかった、あるいは間違った記載がされていたなどの場合には、「正当な理由」があると考えられています。
これに対して、審査請求人の仕事が忙しかった、風邪を引いたなどの事情では、「正当な理由」があるとは認められません。
上記の図のとおり、介護保険審査会は、基本的には審査請求書や弁明書などにより審理した結果、審査請求に理由があると判断した場合には、処分を取り消すという内容の認容裁決が出されます。
これにより、処分をした行政庁は、裁決に従った処分をすることを義務付けられる(「裁決に拘束される」といいます。)ので、裁決によって取り消された処分をやり直す際には、前と同じ内容の処分をすることはできません。
一方、審査請求に理由がない場合には棄却裁決が出されます。
そうなった場合には、審査請求人は、裁判所に対して行政処分の取消訴訟を提起することができます。
なお、介護保険審査会への審査請求は、口頭での申立ても可能ですが、基本的には書面審理が中心となります。
すなわち、介護事業者が人員基準や運営・設備基準に違反していないこと、行政の処分が裁量の範囲を逸脱していること、あるいは不正請求をしていないこと(介護報酬請求の要件に合致していること)は、基本的にはすべて書面で主張する必要があります。
そのため、審査請求を行う際には、介護保険法等の法令を正確に解釈する能力と、自らの主張を的確に書面上で整理する能力が重要となってきます。
1-2 行政処分・裁決の取消訴訟とは
介護保険審査会で棄却裁決が出された場合には、処分(上記図の①介護保険に関する処分)により不利益を受けた者(審査請求人)は、裁判所に対して処分の取消訴訟を提起することができます。
ただし、介護保険法に基づく処分に対しては、審査請求を先にしておかなければ取消訴訟を提起することはできないとされています(介護保険法196条)。
この取消訴訟での請求が認められれば、裁判所の判決によって当該処分が取り消されることとなります。
このほか、介護保険審査会のした裁決(上記図の⑧裁決)が違法であるとして、裁判所に対して裁決の取消訴訟を提起することもできます。
しかしながら、裁決の取消訴訟の場合には、裁決の対象となった原処分の違法性を主張することはできず、審査請求手続での違法を主張することができるのみです。
この裁決の取消訴訟が裁判所によって認容されると、介護保険審査会は裁決のやり直しをすることとなります。
その結果、原処分が違法であるから取り消すとの裁決が出ることもありえます。
どちらの取消訴訟が適切かは、原処分の理由や裁決理由によっても変わってきますので、ケースバイケースです。
多くの場合には、原処分の違法性を主張できる処分の取消訴訟の方が、行政側の違法を発見しやすく、違法性を主張しやすい印象です。
なお、審査請求の場合と同様に、取消訴訟でも書面審理が中心です。そのため、書面で主張する能力は取消訴訟の場合にも重要となります。
1-3 処分の執行停止とは
審査請求や処分の取消訴訟を提起しても、指定取消処分の効力は裁決や判決が出るまでは有効なままです。
すなわち、裁決や判決が出るまでは、指定介護事業者としての活動ができない状態のままということになります。
しかし、裁決や判決が出るまでは、最低でも数ヶ月、長ければ数年かかることがあります。
この間も指定介護事業者として活動することはできませんので、裁決や判決が出る前に介護事業者としての活動を再開させるためには、処分の執行停止の申立て(行政事件訴訟法25条2項)を行う必要があります。
執行停止が認められるハードルは高いですが、これにより、3ヶ月程度で指定介護事業者としての活動を再開することができるケースもあります。
2 争うことができる処分の種類
介護事業者が不服申立てできるのは法律上の「処分」に限られており、これに該当しない行政の行為の違法性は、事後的に争うことはできません。
2-1 争うことができる「処分」とは
まず、介護事業者に対してなされる可能性のある処分やその他の行為は、次の表のとおりです。
処分・指導の種類 | 処分・指導の概要 | 根拠条文 |
---|---|---|
指定の取消し | 指定居宅サービス事業者等の指定を取り消されること。 介護事業の指定を受けようとする場合、再度の申請が必要になる。 | ・指定居宅サービス事業者の取消しや効力の停止:介護保険法77条1項各号 ・公示:同法78条3号 |
指定の効力の全部の停止 | 一定期間、指定事業者としての事業活動の全部が制限されること。 期間経過後は事業を再開できる。 | 同上 |
指定の効力の一部の停止 | 一定期間、特定の事業活動が制限されること。 期間経過後は事業を再開できる。 | 同上 |
勧告 | 指定基準に定める従業者の人数、設備・運営の基準に違反している場合に、期限を定めて、基準を守るように促すこと。 | ・勧告:同法76条の2第1項 ・公表:同法76条の2第2項 |
命令 | 勧告に従わない場合に、勧告に従うよう命令すること。 | ・命令:同法76条の2第3項 ・公示:同法76条の2第4項 |
指導 | 従業者の人数、設備・運営等を基準に従うよう呼びかけること。 基準に違反していなくてもなされる場合がある。 | ・行政の担当者による事業者への資料提出の求め:同法23条 ・行政の担当者による事業者への質問:同法24条1項、2項 |
監査 | 基準に違反している疑いがある場合に、その調査のためになされる。 | 同上 |
介護給付の返還、加算金の徴収 | 事業者が介護給付を不正受給した場合に、受給額全額の返還とその40%の加算金の徴収がされること。 | ・同法22条3項 |
これらの行政の行為に対する審査請求や取消処分の提起が可能かどうかは、その行政行為が「処分」(介護保険法183条1項、行政事件訴訟法3条2項)に該当するか否かによって変わってきます。
「処分」とは、最高裁によれば、「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によつて、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの」をいうとされています(最高裁昭和39年10月29日判決)。
そのため、国民の権利義務に直接影響しない行政の行為は、「処分」には該当せず、審査請求や取消訴訟を提起することは不可能ということになります。
2-2 指定取消処分、効力の停止は「処分」?
指定取消処分や指定の効力停止の処分は、介護事業者に対して、介護保険法上の介護報酬を請求できなくさせるという効果を生じさせる行為ですので、「処分」に該当することが明らかです。
指定取消処分によって介護事業者に生じる不利益の詳細は、こちらの記事をチェックしてみてください。
2-3 改善命令は「処分」?
改善命令は、改善勧告に期限内に従わない事業者に対して出される命令です。
介護保険法上、改善命令を出した時には必ず公示されること(介護保険法76条の2第4項など)、事業者に対して改善義務を課す内容であることからすると、改善命令は、「処分」に該当すると考えられます。
もっとも、実際上は、改善命令の段階で審査請求や取消訴訟を提起する実益はほとんどなく、その後の指定取消処分の段階で対処することが多いです。
2-4 改善勧告は「処分」?
改善勧告は、指導や監査の結果、指導官が改善すべき点があると判断した場合に出されます。
ケースによっては公表されることもありますが、改善勧告が出されたからといって必ず公表されるとはされておりません。
そのため、改善勧告に関する公表は、どちらかといえば、制裁のためになされるというより、国民に対する情報提供に主目的があるものといえます。
つまり、改善勧告は、基本的には「処分」には該当しないと考えられます。
2-5 指導・監査は「処分」?
指導や監査は、あくまで介護事業者の任意の協力を得て行われる調査ですので、基本的には、指導や監査は「処分」ではないと考えられています。
したがって、指導や監査に対して不服申立てをすることはできません。
2-6 介護給付の返還・加算金の徴収は「処分」?
介護給付の返還や加算金の徴収は、不正請求をしてしまった介護事業者に対し、金銭の支払い義務を課す効果がありますので、「処分」に該当します。
過去の事例でも、介護事業者が処分の取消訴訟を提起する場合には、介護給付の返還や加算金の徴収処分の取消しも合わせて請求されていることが多いです。
3 まとめ
今回は、指定取消処分や介護給付の返還等の処分がされたことに対する事後的な対処方法として、審査請求や処分の取消訴訟などを解説しました。
上記のとおり、事後的な争い方ですと、書面での審理が中心となることや、また時間や労力等のコストも多くかかってしまいます。
結論もひっくり返らないケースも多々見受けられます。
そのため、普段から、遅くとも指導で指摘された段階で、基準違反や不正請求については改善するようにするのが、もっともよい対策方法なのです。
事後的に審査請求や処分の取消訴訟を提起することを検討している介護事業者の方は、介護保険法等の法令に詳しい弁護士などの専門家に依頼するのがよいでしょう。
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