誤嚥事故で損害賠償が認められた裁判例からみる事業者がとるべき対策

医師の治療

 今回も、誤嚥事故における事業者の責任について判断した判例を用いて、事業者が注意すべきノウハウを蓄積していきましょう。今回は、事業者の不法行為責任が肯定された事例です(不法行為責任と安全配慮義務との関係についての詳細はこちら。)。

判例を検討する記事は、毎回の事になりますが、結論だけでよい人は、「5 対策」だけを読んで下さい。

1 誤嚥事故で事業者の不法行為責任が認められた事案の概要

○死亡したAは、平成12年からYの設置する特別養護老人ホームに入所していた。
○平成17年7月18日、Aは、朝食をとっていた際、摂取物が器官に詰まる誤嚥事故のために呼吸困難となり、同日病院に搬送されたものの、意識が戻らないまま、翌8月8日死亡するに至った。
○そこで、Aの相続人であるXは、本件誤嚥事故は、Yの職員の不注意により発生したとして、Yに対して、債務不履行又は不法行為に基づき、約2217万円の損害賠償を請求した。

2 裁判所で争いになったポイント

本件誤嚥事故において、Yに不法行為責任が認められるか否か。
つまりは

①誤嚥によってAに生じる危険の可能性につき、Yが予見していたかどうか。
②(Aの危険につき予見していた)Yが、Yの職員に対して教育・指導をするなど、適切な対応(危険防止措置)を行うべき義務(監督義務)を果たしていたかどうか。

3 裁判での訴えた人(X)と訴えられた介護事業者(Y)が主張したこと

3—1 X(訴えた人)の主張

 

3—1—1 ①介護事業者Yが予見していた又は予見することができたか。

○平成17年7月当時、Aは食事中にしばしばむムセることがあり、主治医からも嚥下障害が進行し、誤嚥性肺炎発症の可能性が高いことを指摘されていた。
○特に7月11日以降は、連日食事の度にムセ込んで摂食を拒否する状態が続き、同月14日の夕食から副食についてミキサー食とされたが、それでも連日ムセ込みが続いた。
○かような状況であれば、Aが同様の方法で摂食を継続した場合には誤嚥性肺炎の発症もしくは誤嚥による窒息という重大な事故が発生する危険があることをYは予見できた。
 

3—1—2 ②介護事業者Yの危険防止措置が十分であったか否かについて

○Yは、(上記Aの状況を認識していた以上)経口摂食を一時停止して経管栄養の方法をとるか、経口摂食を継続するのであれば食事内容をさらに誤嚥の危険の少ないものに変更したうえで、Aが食事をしている際のY職員による観察態勢を一層強化する措置を採るべきであった。
○実際、業界団体である社団法人全国老人保健施設協会監修のパンフレットには、食事中のムセを予防する方法として、食事は覚醒時に時間をかけてゆっくり行うこと、個々の食事摂取状況を十分に把握して介助すること、口腔ケアを適切に行うことが指摘されている。
○このように、Yには、介助を行うY職員が食事前の口腔ケアを徹底しているか、覚醒をきちんと確認しているか、頸部を前屈させているか、ゆっくり食事をさせているか、複数回嚥下をおこなわせているかなどを確認し、これらのことがきちんと行われているようにすべき危険防止措置をとる義務があった。
○そうであるにもかかわらず、介助したY職員は口腔ケアや複数回嚥下を怠り、頸部を前屈させて食事をとらせることが必要であることの認識もなく、覚醒も十分に確認していないのであり、Yは、右危険を防止する措置を行うべき義務を怠った。

3—2 介護事業者Yの主張

 

3—2—2 ① 介護事業者Yが予見していた又は予見することができたか。

○Aはムセ込みはあったものの、食事はとれていたのであり、点滴や経管栄養などの医師の指示が出る状況ではなかった。
○かかる状況で、Aに誤嚥による危険が発生することをYが予見することはできなかった。
 

3—3—3 ②介護事業者Yの危険防止措置が十分であったか否かについて

○YがAの誤嚥による危険を予見できない状況下においてYの責任を認めることは、不可抗力による責任をYに負わすものであり、Yに責任はない。

4 松山地方裁判所平成20年2月17日判決

4—1 ①介護事業者Yが予見していた又は予見することができたか。

○Aの主治医は、Aの症状につき、小さい脳梗塞、脳血菅障害等によって飲み込みが悪くなってきており、今後も嚥下障害が進行したり、誤嚥性肺炎の発症の可能性がある旨の説明をしていた。
○Aの症状についての主治医の説明は、Y職員も聞いていた。
○Aが食事中にムセ込む状態は続いており、このムセ込みは、Aの食事をミキサー食に変更した後も続いていた。
○以上の状況からすれば、Yは、Aが誤嚥による危険が発生する可能性を予見していたといえる。

4—2 ②介護事業者Yの危険防止措置が十分であったか否かについて

○Aに誤嚥による危険が発生していたことを予見していたYは、Y職員がAの食事の介助を行う際に、(厚生労働省の出す指針に記載された、)ⅰ Aの覚醒の確認、ⅱ 頸部の前屈、ⅲ 手、口腔内を清潔に保つことの徹底、ⅳ 一口ずつ嚥下を確かめることが、きちんと行われるように教育・指導すべき義務があった。
○そうであるにもかかわらず、YはY職員に対して適切な教育・指導を行っておらず、Yは危険を防止する措置をとる義務を怠った。

4—3 結論

 以上より、Yは不法行為責任を負い、約1318万円の損害賠償責任を負う。

5 対策

5—1 事業者の不法行為責任を肯定した重要な要素!?

 本判決は、AがY施設での食事中に誤嚥事故によって死亡した事案において、Yの不法行為責任を認めています。そして、Yに不法行為責任を認めた重要な要素は、

ア Aの主治医による、Aが嚥下障害が進行したり、誤嚥性肺炎の発症の可能性があるとの説明をYが認識していたこと。
イ YがAの症状を認識していたにもかかわらず、Y職員がAの食事の介助を行う際に、ⅰ 覚醒の確認、ⅱ 頸部の前屈、ⅲ 手、口腔内を清潔に保つことの徹底、ⅳ 一口ずつ嚥下を確認することといった厚生労働省の出す指針に記載されたことを行うように教育・指導しなかったこと。

の2点です。では、本判決から、事業者として学ぶべき点はどこにあるでしょうか。

5—2 主治医の説明

 本判決は、Yの職員が、Aの嚥下障害の危険について医師からの説明を受けていたことを重視しています。つまり、嚥下障害の危険について医師から伝えられている場合には、点滴や経管栄養などの具体的な指示がなかったとしても、誤嚥事故が起こる可能性があるとの意識をもって、より注意深く介助を行う必要がありますし、そのための教育・指導を徹底することが求められているといえるでしょう。
 そして、事業者がリスクを回避するためには、利用者の主治医に利用者の疾患を確認し、加えて、疾患に応じた対応策を聴取したうえで協議することが重要でしょう。医師の見解についての重要性は、過去の判例検討でも度々指摘されており、この点について徹底することは極めて重要です。

5—3 行政の指針やガイドラインに沿った介護体制の実施

 また、本判決では、厚生労働省内に設置された「福祉サービスにおける危機管理に関する検討会」が平成14年までにまとめた「福祉サービスにおける危険管理(リスクマネジメント)に関する取り組み指針〜利用者の笑顔と満足を求めて〜」を根拠に、

ⅰ 覚醒の確認、ⅱ 頸部の前屈、ⅲ 手、口腔内を清潔に保つことの徹底、ⅳ 一口ずつ嚥下を確かめる、ことを教育・指導すべきであった

としています。このように、介護保険制度を利用する事業者は、行政の出す指針、ガイドラインを知らないということでは許されず、本判決のように、指針に記載された事項を行っていなかったこと自体が事業者の不法行為責任を認める要素になってしまいます。したがって、事業者は、関係する指針やガイドラインを確認し、介護事業を行う際に、行政が何を求めているのかを把握した上で、日々の職員に対する教育制度に取り入れていくべきでしょう。

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