誤嚥(ものを喉に詰まらせた)事故において介護事業者の安全配慮義務違反を否定した判例の検討

誤嚥2

 前回の記事で、誤嚥(ものを喉に詰まらせた)事故に関する介護サービス事業者の安全配慮義務違反につき、一審と控訴審で結論が分かれた最新判例を用いて、事業者が気をつけるべき点について説明しました。
 これまで説明したきたとおり、事業者に安全配慮義務違反が認められるか否かは、個々のケースの諸事情によって異なります。したがって、数多くの判例にあたり、裁判官の考え方というノウハウを蓄積することは極めて有益です。つまり、これを蓄積することで事前・事後の対応をどのようにしておくかが明らかになっていきます。
 そこで、今回も、誤嚥(ものを喉に詰まらせた)事故に関する介護サービス事業者の安全配慮義務について判示した別の判例を用いて、事業者が気をつけるべき点について検討していきましょう。今回も長くなるため、結論だけでよい方は、「4 考察」のみをご参照ください。

1 事案の概要

〇Yの営むデイサービスの利用者であったA(死亡時81歳)は,糖尿病,パーキンソン症候群と診断され,要介護5で認知症の進行も認められていた。
〇Aは、平成19年10月から週2回,平成20年7月からは週3回Yのデイサービスを利用していた。
〇同年12月16日、Aが本件施設での昼食を開始した直後,食事を誤嚥し、平成21年3月5日に死亡するに至った。

〇そこで、Aの妻子であるXらがYに対し、債務不履行等に基づく損害賠償を請求した事案

です。

2 争点

 Yの介護サービス提供体制及びY職員の事後対応が、危険を防止する措置として十分であったか否か
=Yに安全配慮義務違反が認められるか否か。
 

3 東京地方裁判所立川支部 平成22年12月8日判決

3-1 Xらの主張

 高齢者の事故として最も多いのが誤嚥事故であり、高齢者には誰にでも起こりうるものである。Aは要介護5であり、食事の介護が必要な状況であった。
 Yは本件利用契約に基づき、介護サービスに万全を期すべき債務を負っていたにもかかわらず、Aの誤嚥の危険性を十分に把握せず、食事が行われてたデイルームには、23名の利用者に対し、介護職員1名及び看護師1名しか配置していなかった。そして、事故当時、Y職員は他の利用者に気を奪われ、Aの飲食状況を見守る義務を怠った。
 したがって、Yには債務不履行責任等がある。

3-2 Yの主張

 デイサービスは介護保険に基づく事業であり、Yでは施設基準での職員の配置を超える人員を常置していた。23名の利用者が昼食をとっていた本件昼食時、職員は5名配置されていた(うち3名は厨房にいたものの、何かあればすぐに対応できる状況であった)。この人数は、基準である2名を超える人員配置である。そして、見守りを担当していた介護員らはAの異常を発見し,すぐにAの口の中の物を出し,タッピング(背部殴打法)やハイムリッヒ法を実施し,その後も他の職員らも一緒になって誤嚥用チューブでの吸引や,AED,人工呼吸を実施し,救急通報したうえ、看護師が救急車に同行した。
 このように、かかる対応を行ったY職員に過失はなく、Yに債務不履行はない。

3 裁判所の判断

3-3-1 ①人員配置状況について

 本件利用契約は…介護保険法等の関係法令に従うものであるところ、Yの職員の配置はこれらに適合するものであり、本件利用契約において特に介護保険法等の関係法令の定める基準を上回る介護が約束されていたとは認められない。
 したがって、(Yは基準を上回る人員を配置していたのであり、)配置されていた人員が2名であったことが本件契約に基づく債務の履行を怠ったものとは認められない。
 

3-3-2 ②事故発見後の事後対応について

 Yの職員は、本件事故当時、配置された状況のもとで、(すぐにAの口の中の物を出し,タッピング(背部殴打法)やハイムリッヒ法を実施し,その後も他の職員らも一緒になって誤嚥用チューブでの吸引や,AED,人工呼吸を実施し,救急通報したうえ、看護師が救急車に同行するなど、)Aのためにできるだけのことをしたものと認められる。
 したがって、Yに本件利用契約に基づく債務の不履行は認められない。
 

3-3-3 ③要介護度について

 Aの要介護度は最も重い5であったが、…判断能力は全く正常で…嚥下に全く問題がなくとも、四肢麻痺であれば最高度の要介護5となり得るのであり、(嚥下障害のない)Aが要介護5であったことは、(誤嚥事故である)本件におけるYの注意義務の程度を直接左右する要素とはならない。

4 考察

4-1 事業者として注意すべき事項

 では、本判決をもとに、介護事業者としては何を注意すべきでしょうか。裁判所が事業者の責任を否定した重要な要素は、

①Yの人員配置状況が介護保険法等の関係法令が定める基準を超えていたこと
②Yの職員が、事故発見後にできる限りの対応をとったこと

です。そして、③要介護度については、本件においては重要な要素としていません。
 以下、各々検討してみましょう。

4-2 ①人員配置状況

 本判決に従うかぎり、事業者としては、介護保険法等の関係法令が定める基準を下回らない人配置をしておくことが極めて重要でしょう。かかる基準をもとに指定を受けている以上、基準を満たさない状況でのサービス提供については事業者にとって厳しい判断が下されることになる危険が極めて高いと思われます。
 また、本判決は、関係法令が定める基準のみではなく、個々の利用契約の内容についても言及しており、たとえ基準を満たした人員配置をしていたとしても、個々の利用契約の内容に基準を上回るサービスを提供することが読み取れる場合には、なお事業者の責任が問われる危険があることにも注意が必要です。自らの介護サービス契約書がどうなっているのか再度確認してみるとよいでしょう。

4-3 ②事故発見後の事後対応

 次に、事故が起こってしまった場合における事後対応ですが、本記事で紹介したように、本事案の職員が行った事後対応は、迅速かつ適切といえる十分な事後対応であったと判断されているようです。どのような対応をどの程度とればよいかは個別具体的な状況によって異なりますが、職員が迅速に適切な対応をとることが必要不可欠であることは疑いようがありません。
 したがって、事故が発生した場合に職員が迅速に適切な対応をとることができるよう、AEDや吸引具等の設備を整えることはもちろんのこと、緊急対応マニュアル等を作成したうえで、常日頃から研修を行っていくなど、どのような事故が発生しても慌てることなく対応できるようにしていくことがリスクを回避するために重要であると思います

4-4 ③要介護度

 さらに、判決は要介護度が高かったとしても、直ちに事業者の注意義務の程度を左右するわけではないことにも言及しています。つまり、要介護度は様々な要因により等級が決まるのであり、事業者としては、要介護度の高低にのみ着目するのではなく、要介護度が認定された要因が何なのか、その要因がどのような事故を起こす危険があるのか(又はないのか)という点につき、個別に検討して対応することが求められているといえるでしょう。具体的には、診療情報提供書や看護サマリーなどから要因を把握し、必要に応じて医療機関に指示を求めるとよいでしょう。

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