介護事業者に生じる法的責任と介護担当職員に生じる法的責任の関係
本サイト上で、介護事業者に生じる責任及び介護担当職員に生じる責任を説明し、これらが区別されていることを説明してきました。そこで、今回は、両者の関係及び各法的責任についての理解を深めていきましょう。
目次
介護事業者が、「適切なサービス」を提供することを内容とする介護サービス契約を介護サービス利用希望者と締結した。かかる契約に基づき、介護サービス利用者が介護サービスを受けていたところ、介護担当職員が、過失によって、介護サービス利用者を転倒させてしまった。その結果、介護サービス利用者が怪我を負い、治療費等の損害が発生した。
1 不法行為責任
1.1 介護担当職員の不法行為責任
これまで説明してきたように、介護担当職員が、過失によって介護サービス利用者の権利又は利益を侵害した場合には、介護担当職員に民法709条に基づく不法行為責任が生じます。
1.2 介護事業者に不法行為責任が生じるか!?
本件事例で介護担当職員に不法行為責任が生じたのは、過失によって、介護サービス利用者を転倒させたうえで怪我(損害)を負わせたからです。そして、介護事業者は、介護サービス利用者を転倒させた「主体」ではないため、介護事業者が民法709条に基づく不法行為責任を負うことはありません。
もっとも、介護事業者は、不法行為の一類型である、民法715条に基づく使用者責任が生じることがあります。
第715条
(本文)
ある「事業のために」他人を「使用する者」は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた「損害を賠償する責任を負う」。
(ただし書き)
ただし、使用者が被用者の「選任」及びその事業の「監督について相当の注意をしたとき」、又は、相当の注意をしても損害が生ずべきであったときはこの限りではない。
民法715条本文によると、介護事業者は介護「事業のために」介護担当職員を「使用する者」であり、介護サービス利用者の「損害を賠償する責任を負う」主体です。
もっとも、民法715条ただし書きによると、介護事業者が、介護担当職員の「選任」及び「監督」に「相当の注意」をすれば、介護事業者に使用者責任が生じません。つまり、介護事業者は、日常的な指導監督をしていたことや養成・研修等を実施していたこと等、「相当の注意」をしていたことを理由に使用者責任を免れることができる場合があります。
1.3 介護担当職員と介護事業者の不法行為責任の関係
介護サービス利用者は、介護担当職員に生じた民法709条に基づく不法行為責任、介護事業者に生じた民法715条に基づく使用者責任、いずれの責任を追及するのか選択できます。
しかしながら、介護事業者と介護担当職員には支払能力に大きな差があり、実際には、介護事業者の責任が追及されることがほとんどでしょう。
2 介護事業者に債務不履行責任が生じるか!?
介護事業者は、介護サービス利用者に対して、「適切なサービス」を提供する「債務」を負っています。過失とは言え、介護担当職員に転倒させられ、怪我まで負わせられたサービスが、事業者が提供する「適切なサービス」とはいえないでしょう。
したがって、介護事業者は、「適切なサービス」を提供する「債務」を怠ったとして債務不履行責任が生じると考えられます。
3 介護事業者に生じる使用者責任と債務不履行責任の大きな違い
このように、介護事業者には、使用者責任と債務不履行責任が生じ、介護サービス利用者は、いずれの責任を追及するのか選択きます。
では、両者の違いはどのような点にあるのでしょうか。両者の大きな違いは、介護事業者が日常的な指導監督をしていたことや養成・研修等を実施していたことを理由に責任を免れることができるか否かという点にあります。使用者責任は責任を免れることがある一方、債務不履行責任では、いかに指導監督していたとしても責任を免れることができません。
したがって、一般的に、介護事業者に対しては、介護事業者が免責される使用者責任ではなく、債務不履行責任の追及がなされることが多いでしょう。
4 最後に
このように、介護担当職員に不法行為責任が生じた場合であっても、介護事業者に損害賠償義務が生じることは多々あります。そのうえ、介護事業者の損害賠償義務は、指導監督等の相当の注意をしていたことをもって免責されない債務不履行責任に基づくことがほとんどです。
したがって、介護事業者としては、自己の損害賠償責任が免責されるためではなく、そもそも介護担当職員に不法行為責任が発生しないようにするという意味で、職場環境の見直し、リスクマネジメント体制をとっていくことが重要でしょう。
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