介護職員の採用内定を取消すことはできるのか?

内定取り消し

 以前の記事で、採用内定は、多くの場合、始期付・解約権留保付の労働契約であると説明をしました。では、どのような場合に、留保されている解約権を行使できるのでしょうか。
 例えば、採用内定を出したものの、新卒者が資格を取得することを条件として内定を出した場合に当該新卒者が資格を取得できなかった場合、経営が悪化した場合などに、内定を取消すことはできるのでしょうか。

1 法律の規定は存在するのか?

 まず、採用内定の取り消しを規律する法律の規定があるか、という点ですが、結論から申し上げますと、直接的なものはありません。
 ただし、通常の労働契約の場合の解雇については、次のような規定があります。

労働契約法
(解雇)
第16条  解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

非常に抽象的な規定の仕方だと思われるかもしれませんが、実は、これは、判例の集積を法律にしたものであるために、一般的、抽象的に規定されているのです。
 したがって、結局、具体的な事案において、解雇が権利濫用として無効となるか否かは、上記の①客観的に合理的な理由、②社会通念上相当であるという点について当該事案の事実関係に即して判断しなくてはいけないということ、その事実を証拠に基づいて立証できるか否かにかかっているということを念頭において下さい。
 なお、「権利を濫用した」ってどういうことだ?権利として解雇権があるのか?と思う方がいらっしゃるかもしれませんが、民法上は、雇用契約(労働契約と同義と考えて下さい)は、雇用期間の定めがない場合、当事者はいつでも解約の申し入れができると規定されており、使用者にも解約権が認められているのです(民法627条1項)。上記の労働契約法16条は、労働者の保護のため、民法の規律を修正し、この使用者に認められている解約権の濫用は許しませんよという意味になります。

2 採用内定の取り消しが認められる基準は?

 ここからが本題ですが、採用内定も、始期付・解約権留保付とはいえ、労働契約であることには変わりません。したがって、上記「1」で見たように、通常の労働契約について権利濫用が許されないとの同じく、無条件に解約権を行使することはできないのです。
 ここで、判例は、次のように判断しています。

最高裁昭和54年7月20日判決(大日本印刷事件)
 「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」

 したがって、採用内定取消が認められるのは、

(1)採用内定取消事由が、内定当時、知ることが期待できない事由であること
(2)内定取消が、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的と認められ、社会通念上相当である場合

ということになります。
 これもまた、抽象的な判断ですね。通常の解雇の場合と似た基準を判例が用いているのは、やはり、採用内定が、始期付・解約権留保付とはいえ、「労働契約」の成立を意味しているからに他なりません。ただし、あくまで、採用内定に過ぎないことから、上記の基準を設定しているということになります。

3 採用内定取消が認められる具体例は?

採用内定取消をしたい具体例は概ね次のようなケースだと考えられます。

3.1 内定者が卒業しなかったとき

これは、採用内定が、通常、内定者の卒業を要件として行われるものでありますし、内定当時卒業できるか否かは知ることもできないものですから、権利濫用と判断されることはないでしょう。

3.2 提出書類に虚偽があったとき

介護事業への適格性を表すような事実につき虚偽の記載をしたような場合、そして、それが内定当時知ることが期待できない事実だったとすれば、上記3のメルクマールを満たすものとして、内定取消は有効と判断されるでしょう。
しかし、事業と関連しないような事実について虚偽記載をした場合は、個別に判断する必要があります。

3.3 勤務に支障が生じる程度の健康異常の場合

内定当時に発覚していない健康異常であって、勤務に耐えられないのであれば、上記3のメルクマールを満たすと考えるべきでしょう。

3.4 内定期間中に犯罪を犯した場合

内定期間中に、新卒者が罪を犯して逮捕、起訴された場合などには、内定当事知りえない事実であり、かつ、職務への不適格性が認められるケースが多いと思われます。特に介護事業の場合、事業の利用者である高齢者は、身体能力、判断能力が低下している方が多くいるものと考えられますので、そのような高齢者相手に仕事を任せられるのかということを考慮して職務への不適格性を認めざるを得ないケースが多いものと思います。

3.5 資格を取得できなかった場合

 業務に関連する資格取得を条件として内定を出していたのであれば、通常は、内定取消は有効と認められると判断できます。この資格取得を条件としていたか否かについては、内定者に提出させる誓約書等の中で謳っておくべきでしょう。

3.6 経営が悪化した場合

 経営が悪化したのが、内定以後であるのか、すなわち、内定当時は経営悪化を予測できなかったのかということ、それに加え、整理解雇(経営悪化を理由とする解雇)の4要素(①必要性、②解雇回避努力の有無、③人選の合理性、④手続の相当性)から判断されます。通常の職員と比べれば、内定者は未だ働いていない以上、既存の職員に比して③人選の合理性は認められやすくなるものと思われます。内定者に対する②解雇回避努力については、裁判例の蓄積がないところですので、個別具体的に判断していくほかありません。

3.7 その他不適格性が明らかになったとき

 これは、上記3記載の判例に照らして、ケースバイケースで判断せざるを得ません。一度、専門家に相談することをお勧めします。

4 備考

 なお、以上のいずれにもあてはまるものですが、当該内定取消の理由が生じた場合には、介護事業者は、内定者に対して、きちんと事情を説明すること、内定者から弁明を聞くことを心がけるようにして下さい。

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