介護保険サービス事業者が高齢者の虐待を発見したときの対応方法
前回、高齢者の虐待の現状、どのようなものが虐待としてあたるのかについて解説しました。
今回は、現実に介護を行う現場で虐待をみつけてしまったときの対応について考えたいと思います。
1 高齢者が虐待を受けていることを発見した場合どうするか
虐待には、身体的虐待、放任、心理的虐待、性的虐待、経済的虐待の5つの類型があると説明しましたが、これらを発見したとき、どうすればよいのでしょうか。
高齢者虐待防止法は、次のように規定しています。
(養護者による高齢者虐待に係る通報等)
第7条 養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。
2 前項に定める場合のほか、養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報するよう努めなければならない。
(養介護施設従事者等による高齢者虐待に係る通報等)
第21条 養介護施設従事者等は、当該養介護施設従事者等がその業務に従事している養介護施設又は養介護事業(当該養介護施設の設置者若しくは当該養介護事業を行う者が設置する養介護施設又はこれらの者が行う養介護事業を含む。)において業務に従事する養介護施設従事者等による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。
2 前項に定める場合のほか、養介護施設従事者等による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。
3 前二項に定める場合のほか、養介護施設従事者等による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報するよう努めなければならない。
わかりますでしょうか。これらの条文が意味するところをまとめると、次のとおりです。
② 生命又は身体に危険が生じていない場合には、通報する義務はないが、通報するように努めなくてはならない。(同法7条2項、同法21条3項)
③ 介護事業者の従事者が発見した場合においては、自分の介護事業の従事者によって虐待を受けたと思われるときには、高齢者に生命又は身体に危険が生じていないとしても、通報義務がある。(同法21条1項)
また、法律上、虐待を受けたと「思われる」場合に通報義務あるいは通報する努力義務を課していることにも注意が必要です。「思われる」という不確定な状態で通報することに不安があるかもしれません。
例えば、通報したのに虐待ではなかった場合、その家族から責められてしまうのではないかと不安になる気持ちもあるでしょう。しかし、法律上、市町村は通報者を特定させるものを漏らしてはならないと規定されているので安心して下さい(同法17条3項、同法23条)。また、通報したことを理由として事業者から裏切り者呼ばわりされるのではないか、はたまたクビにされたらどうしようと思う気持ちもあるかもしれません。
しかし、これも法律上は、通報をしたことを理由に、解雇その他不利益な取り扱いを受けないと規定されております。積極的に通報するよう心がけましょう。
2 通報先は?
先ほどの条文からすると、市町村に通報をすることになります。もっとも、同法17条1項には、市町村は、通報の受理に関して、地域包括支援センター等に委託することができるとされておりますので、通報先として地域包括支援センターを選択することもあるでしょう。
しかしながら、高齢者虐待について、主要な権限は後述のとおり、市町村にあります。したがって、どちらに通報してもよいような場合は、市町村に通報しておけばよいのではないかと個人的には思います。
なお、東京都内の市区町村での通報先としては、このリンク先(東京都福祉保健局)をご参照下さい。
3 通報に対する市町村の対応
3.1 養介護施設従事者による虐待の場合
高齢者虐待防止法上、市町村が養介護施設従事者による虐待が行われた旨の通報を受けた場合、老人福祉法又は介護保険法の規定による権限を適切に行使するものとする、と規定されております(同法24条)。介護保険法の権限として簡単に紹介すると、例えば、介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)の場合、関係者に出頭を求め、質問をしたり、施設に立ち入り検査をすることなどができます(介護保険法90条1項)。これを拒んだ場合には、指定の取り消し、指定の効力停止などの処分をすることもできます(介護保険法92条1項8号)。
介護保険サービス事業者としては、従事者から当該施設従事者による虐待なのではないかと報告を受けた場合は、事実を隠蔽することなく、速やかに通報するように心掛けてください。大事なのは、虐待が行われないよう適切な管理体制を構築し、運営をすることです(なお、高齢者虐待防止法20条を参照して下さい。事業者は、虐待防止のための研修の実施、苦情処理体制の整備、その他の虐待防止のための措置を講ずるものとされております。)。従事者による虐待が起こってしまった場合に事実を隠蔽するのはもってのほかです。
従事者からの報告にもかかわらず事業者がこれに対して対応しなかった場合、人格尊重義務違反として、指定の取り消し、指定の効力停止の処分をされるおそれがあります(特養について、介護保険法88条6項、92条1項4号)。
3.2 養護者による虐待の場合
市町村が養護者による虐待が行われたと思われる旨の通報を受けた場合、高齢者の安全の確認、事実確認のための措置を講じます(高齢者虐待防止法9条)。また、高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じているおそれがあると認められるときには、老人福祉法などの規定に基づき、やむを得ない措置を講じたり、成年後見等の市町村長申立による審判の請求をするとともに、必要な立ち入り検査をすることもできます(高齢者虐待防止法11条)。
なお、この立ち入り検査を正当な理由なく拒んだ場合には罰則があり、30万円以下の罰金に処せられる、と法律上は規定されております(同法30条)。
介護保険サービス事業者が、養護者による虐待を発見するケースとしては、訪問介護やデイサービスなどの居宅サービスを提供している場合で身体的虐待等を発見するケースや、施設サービスであっても高齢者の家族が高齢者の年金を使い込んでしまうなどの経済的虐待を発見するケースがあるでしょう。
既に述べたとおり、市町村は、通報者を特定させるような情報を漏らしてはならないので、虐待と思われる場合は積極的に通報するよう心がけましょう。
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